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★2017/04/15
2017/06/08号
毎日新聞
都内版
2017/06/08号
朝日新聞
川の手版
2017/04/25号
東京新聞
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戦後の 悲惨 苦渋 そしてその底辺から
起ち上がった人々の「明るい未来への 希望」の
シンボルが【ライオン看板】だった
2017/08/12毎日新聞夕刊掲載↑画像をクリックすると大きくなります↑
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★2009/4/18リニューアル
撮影:なぎら健壱  2013/05/31写
2012/3/27東京新聞に掲載
当店の「トタン看板」は、2009年4月にリニューアルし、都内で唯一最大となりました。
マニアの方々が遠方からも写真を撮りに来られます
この看板の文字は 一筆描きで今や職人さんが居なくなったそうです
雨漏りの補修など、保存が大変です
2008/09/03撮影 松岡健三郎写す
大倉秀之氏写す 2008/09/08
 
昭和29年 昭和33年
昭和30年代のライオン看板/呉服店の一角でたばこ屋も営業しておりました
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★トタン看板 ライオン造り

アメリカの空爆によって、東京の下町が火の海になり壊滅しました
68年前、昭和20年3月10日のことです
その年の8月、日本は敗戦---その後の復興再建の家並みは
お粗末なバラック(今ならバンガロー)建築が大半でした

数年を経て世の中に若干の“ゆとり”が出てきた頃
表通りの商店が競って店看板を掲げるようになりました
しかし、それもまた困窮の時代のことです
看板の後ろはオソマツそのままでした
つまりは、店構えが前面が立派でも背後の建物が少なからず見劣りしていて
「ライオン」の鬣(タテガミ)の面構えに似ているという
洒落と自嘲でトタン看板の造作を「ライオン造り」と称していたのです
いかにも東京っ子らしい命名だと思います

あるじ
 
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